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2011年 01月 27日

経堂あたりが「ほっと」する理由は、子供の頃に夢中で見たTVドラマの刷り込みなのかもと思ったりした。

経堂系ドットコムという
経堂界隈の個人店とそこに集まる人のつながりテーマにした
コミュニティ・サイトを10年ほど運営している。
そしてずっと続けるつもりでいる。

世田谷と聞くと、
閑静な住宅街とかセレブなイメージを思い浮かべる人が多いようだが、
実は、ぼくのような地方出身者で世田谷にハマって住み着いてしまう人間の中には、
独特のゆるさ、ほっとする感じの虜になってしまったというのが結構いる。

自分にしても、
いまはなくなったからから亭のような気さくな老夫婦の店などに通うようになり、
どんどん街にハマっていった。
なんか、しっくりくる人と味なんですよね。

しっくりくる風景も多かった。

例えば、世田谷線。
このyou tube 映像を見てみてください。
世田谷233から三軒茶屋へ
世田谷233は、中根さんがやってる注目のギャラリーです

ゆるいです(笑) ほっとします。

が、似たような景色は全国にあると思うのだけど、
このゆるさ、ほっとする感じ、
ハッキリ目には見えにくいけど、
他にはない独特の世田谷にしかない「しっくりくる」感じがあると、
ずーっと思っていた。

最近、あることを思いつき、その謎が解けたような気がした。

それは、
東京の世田谷を中心としたエリアのイメージが、
子供の頃に夢中になって見ていたテレビドラマによって、
「住みたい場所/憧れの場所」として脳と身体に刷り込まれていたのでは?
という、まあ仮説のようなものなのですが。

よく考えてみると、
世田谷から生み出されたドラマやアニメなどのイメージは、
ものすごく多い。
「ケンちゃんシリーズ」「サザエさん」
「ウルトラマン」「あばれはっちゃく」
「太陽にほえろ」etc.

近くに東宝の撮影所や円谷プロなどがあった関係で、
1960年代から80年代にかけて、
この辺りがロケ場所に選ばれることが多かった。

「ケーキ屋ケンちゃん」は、豪徳寺の洋菓子カムラでロケをしていたと
豪徳寺育ちの役者、中山裕一朗さんから聞いたことがある。

「あばれはっちゃく」が暴れていた公演は、
環八にも近い希望ヶ丘公園だとか。

松田優作の「探偵物語」を見ていると、
住宅街のシーンで「赤堤」と書かれた標識を見ることが多い。

「サザエさん」は、言うまでもなく、
毎週・日曜日に家族そろって見る国民的アニメだった。

その他、調べればいろんな事例が出てくるだろう。

というわけで、
自分が、経堂界隈で身も心も「ほっと」する理由、
「しっくり」くる理由は、
案外、子供の頃に夢中で見たTVドラマなどの
刷り込みもあるのではないかと。

「味覚は記憶である」という。
例えば、
母親の手料理は、いかにありふれたものであっても、
食べた瞬間に懐かしい記憶が味や風味とあいまって蘇り、
唯一無二の何ものにも代え難いグルメになったりする。
ぼくにとっての母親の味は、
冷蔵庫の残り物と冷やご飯でチャッチャと作ってくれた
なんてことのない炒飯というより焼き飯で。
多分どんな高級店の炒飯よりも美味いと思っている。
水泳部だった高校時代。
部活が終わってから仲間と食べた学食の160円のラーメンは、
いまでも空前の美味だったと身体が覚えている。

それと同じように、
経堂あたりの世田谷というものは、
特に駅前から離れた何てことのない公園や
路地や古い家やアパートの面影が、
60年代〜80年代くらいの間に
子供時代を過ごした人間の多くにとっては、
地方出身者であっても、
テレビドラマを中心としたメディアによって「いい場所」だと刷り込まれた
しっくりくる土地なのかもしれないな、と思った次第。

この辺りは個人店が多く、
アットホームな感じで店の人と喋ったり、
隣り合わせた人との付き合いが広がったり深まったり
ということも、まだまだ残ってますからね。

まだ仮説のようなものですが。

それにしても、こんなサイトまで作ってしまうとは、
自分がいかにガキんちょの頃の感覚で生きているかということで、
多少複雑な気分だったりしますが(笑)

まあ「デジャブな街・経堂」という感じでしょうか。
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by slowcomedy | 2011-01-27 14:35 | 経堂のような地域の力と可能性。


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