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2011年 02月 12日

いま世の中に必要なのは「あさひや」のような個人店。

かつて経堂に伝説の酒場があった。
その名は「あさひや」。
戦争帰りの一人の男が昭和22年に経堂北口の駅前の路地に作った赤提灯。

贅沢は敵、少しでも安くお客さんに楽しんでもらいたいの精神で、
壁のすきま風はガムテープでおさえ、骨折したちゃぶ台の椅子もガムテープで補強。
16時間労働で、持ってる服は冠婚葬祭用以外は白衣だけ。
(ご家族の苦労は大変だったようですが)

そんな赤提灯スピリッツが、
半世紀に渡り、いろんな人が飲み食い語ったユートピアを支えたのでした。
本当に思い起こすと、ビックリするほど、
あらゆる業種のいろんな人が集まっていた。
お客さんも実は経堂に電車に乗って通ってくる人の方が多かった。
成勝寺で行われたマスターのお葬式には、
弔問に訪れた人の列が、いまのルネサンス経堂くらいまで続いたというから、
そのスゴかったこと。

私があさひやに通ったのは、90年代後半だから、
マスターが亡くなって閉店するまでの数年間。
夕方の4時から満員で、
運良く入れると、まず無料のピーナッツが出てくる。
ビールは大瓶500円、焼酎が一杯160円。
ぷりぷりの牡蠣五粒が炭火で焼かれた冬季限定の牡蠣焼きは、
一串180円。
いろんなものを飲んで食べて本当に千円札一枚で幸せになれる。
中島らもさん言うところのセンベロの店だった。

安くても良い食材を使っていて、
冷や奴は経堂の名店・一力豆腐。
(いまでも「きはち」「太郎」さんは、一力豆腐ですね)
つきだしのピーナッツは、
デパートで高級品として売られている山田ピーナッツ。

そんな店だったから、いつも記憶の片隅に
あさひやの名前は残っていて、

先日さばのゆの常連マルさんと話すうちに、
ふとした拍子に「あさひや」の話になり、マルさんが、
あさひやの短冊に描かれたメニューと、
テレビ東京で放映されたドキュメンタリー人間劇場
「東京赤ちょうちん物語〜酒呑み捧げた男の半世紀〜」を持っているというので、
あさひやナイトをしようということになったのだった。

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著作権状のクレームが来たら、すぐに取り下げますが、
在りし日のあさひやの雰囲気を伝える写真を掲載します。

やっぱり正しい赤提灯。

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マスターの横田さんは、
フランキー堺に似ていたのです。

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これは創業の頃の経堂駅前ですね。
昔は東京駅と経堂を結ぶ直通バスがあったそう。

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これが高架になる前、
番組の取材は雪の日のあさひやで行われました、

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しかし、これを見て思うのは、
高架というのは、やはり駅と街を分断してしまうものですね。


そして伝説のカウンター。

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ビールは外の水冷式の冷蔵庫に入っていました。
これがなぜかウマい気がしたもんです。

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創業時から味が変わっていない煮込み。

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あさひやのアイドルきょうちゃんです。
もう一人、若い方が青ちゃんでした。
旦那さんを亡くされてから30数年間あさひやで働いて
二人の子供を育てあげたそう。

あさひやがなくなった後は、
80歳をこえていたと思いますが、経堂西通りのスナック楡で
アルバイトをされていたと記憶しています。
からから亭で飲んで帰る時に赤堤のご自宅近くまで、
息子さんが迎えにこられるのが遅くなった時ご一緒したことがあります。

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きょうちゃんが作る大盛りの大根おろし。
じゃこもたっぷりで130円。

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そして朝4時まで働いて16時間労働を終えるマスター。

一人の人間の働きが「はた」の人を楽にして、
半世紀のうちに何とも言えないいい感じのグルーブが
経堂北口を中心に渦巻いていた、そんな感じ。

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そんなこんなの「あさひやナイト」
実は、あさひやを懐かしむ方々と、
あの青ちゃんも来てくださいました。
青ちゃんは、元・常連さんだったのが、
夜遅くのあさひやを手伝うようになり、
当時としては破格の時給1000円だったそうです。

あさひやの安さをマスターが頑張って維持していることは、
常連さんはみんな知っていたし、だからこそ毎日のように通ったし、
支払いの時に、例えば1240円とかだったら、1500円払って、
「あとは釣りはいらねえよ」が多かった。
そして余分にもらった分は、
マスターが、きょうちゃんや青ちゃんに回していたと聞きました。

そんな青ちゃんを囲んで記念写真。

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本当にたくさんの人を幸せにしながら、
毎日朝4時まで働いていたマスター。

「仕事は半分遊びみたいなもんだからねー」と、
言いながら16時間朗読を続けるのは、
なんらかの達観がなければできないことですよね。

このブログには書き尽くせないことばかりですが、
あさひやという店の存在と、
この人なくしてはあさひやが存在しなかった、
マスターの横田さんという人の存在が、
時代を超えて価値のありますよね。

単に安いだけではなく、
案外、当時20代の若者だった私が一人で行っても、
すぐに話し相手ができて、なぜか、おじさんと意気投合して、
もう一軒どこかで映画の話で盛り上がったりしたこともあり、
長屋でありながら広場のような店だったなと思い起こすわけです。

いま経堂に、日本全国、いやアメリカにとか世界中に、
「あさひや」のような個人店が必要なんじゃないかという感覚が、
するんですよねー。

資本主義の矛盾とかソーシャルとかエコとか
いろいろ言う前の本質的な世の中を明るくするものが
あさひやにはあったなーと。

ラッキーなことに経堂には、あさひやの遺伝子が、
いろんなところに息づいているのを見ることが多いのです。

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by slowcomedy | 2011-02-12 15:48 | 経堂のような地域の力と可能性。


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