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2011年 05月 30日

福島の屋台村の挨拶は「ハッピー・ニュークリアー」でした。石巻でも深い缶動を。

5月28日(土)ほぼ毎週恒例の石巻便の出発でした。
今回もこんなに物資をいただきました。感謝感謝です。
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今回は、常連の馬場さんが木の屋石巻水産さんに
車を寄贈してくださるということで、
まず荷物を馬場さんの実家のある松戸まで運び、
そこで、その車に荷物を積み込みました。
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石巻への途中。
福島の飯館村、南相馬市の避難者にも支援物資を届けるために
福島市内にも立ち寄ることに。

馬場さん(右)とアメ車好きで知られる経堂の石川さん(左)。
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いざ出発!と、思ったのですが、出発直後に急に減速。
あっ!散歩中の犬に抜かれている!と、唖然としていると、
瞬く間に、スピードが時速3キロになってしまっていました。
しかも、気がつけば、そこは谷底。
自力では、はい上がれないという事実も、なんというか本当に。。。



JAFさんに来ていただきました。
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と、九ヶ月も運転していなかったせいか、整備の見落としがひとつ。
すぐに完璧な状態になりました。

福島市内に着いたのが夜10時半頃。

福島市の観光物産協会に勤めながら原発避難エリアの支援を続ける
石山さんと合流。必要物資と支援金、経堂こども将棋教室の高野先生から預かった
デパートの商品券などを渡しました。

それから人に会いにパセオ通りの屋台村へ。
いろんな人が集まっていました。
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福島市が若者の飲食起業を応援するために5年ほど前に作った
「ふくしま屋台村ごらんしょ横丁」の数ある名店の中の一軒「イカポッポ海賊団」
(もちろんネーミングは、あの人気マンガからきています!)

そこには、なんと。
木の屋石巻水産の被災した缶詰がありました。
マスターのマジシャンはぐちゃんと缶詰。
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人なつっこい、はぐちゃんに会いにいろんな人が
入れ替わり立ち代わり来るお店。
カウンター左から、福島市内のプロデューサー盛藤さん、石山さん、石川さん。
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こちら名物イカポッポ。
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なんとなく想像していましたが、
夜の呑み屋街では、原発ネタが飛び交っていました。
東京からやってきた我々への歓迎の言葉は「ハッピー・ニュークリアー!」でした。
軽口のように聞こえるんだけど、軽いだけじゃない。
放射能の問題の渦中で生きる人の発した言葉には、
不謹慎とは簡単にいえない思いが詰まっていると察しました。
原発と放射能が大変な時にも骨太な日常の生活があるし、
大変な時だからこそ、以前と変わらない日常を楽しみたいという意地が
あるのではとも勝手に想像しました。

生命力を感じさせるエロ話も下世話ながら芸術的でした。
ほんまに。

いろんな話を聞き、いろんなことを感じましたが、
詳しくは、また後日書こうと思います。

夜の〆は、福島のラーメン。
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福島にも経堂のような温かい人のつながりがあるのを
(もちろんあるのはわかっていましたが)実感した夜でした。

このつながりは、これからじわっと熟成するはずです。

翌朝は7時に出発。石巻へと向かいました。
東北道ですれ違う自衛隊の車両の数が増えていきます。

仙台に入ると、津波の被害の跡がいたるところに見られるようになります。

そして石巻。
カーナビの通りに進んでいると、
旧北上川の西岸の門脇、南浜の住宅地に入り、
想像を絶する光景が広がっていました。

自衛隊の方々の働きには、頭が下がるばかり。



最後に前方に見えたのは、自衛隊の車両です。
そして、ここから先は道が崩壊して通れないと言われたので、
引き返して、別の道から旧北上川を渡りました。

そして、あの木の屋の巨大缶詰に遭遇。


11時に木の屋さんの会社に到着しました。
ここは、木の屋石巻水産の倉庫。
まだ缶詰がたくさん埋まっていました。
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物資をお渡しするために、別場所に。
木の屋の木村社長と馬場さんがくれた車の2ショットです。
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社員の方の多くは、津波で家が全壊、車が流されたという方も多く、
この車があると、社員の方々の通勤に非常に役に立つとのことでした。

詳しくは、また改めて書きますが、
木村社長が保有するビルは、ボランティアの方々に開放しておられ、
そこから多くのボランティアの方々が港の方面に出発しておられました。
ボランティアの人の働きも本当に感動的。
地元の方々の「ありがたい」という言葉を何度も聞きました。

福島と石巻、
途方もないダメージを受けて、なおかつ日常の暮らしがあるということに、
すぐに言葉にできない何か、あえて言葉にするなら深い缶動を受けた週末でした。
(もちろん、いまは書けないこともたくさんあります)

福島とも石巻とも、これからも長い付き合いが続きます。
経堂界隈でも、いろんな人と人の出会いやふれあいが繰り広げられると思います。
昨年のこんなイベントで本当にお世話になりました。

なにができるかを毎日考えながら、少しづつでも良くなるように、動いていこうと。
同じニッポンの長屋の住人ですからね。

あと日常の暮らしというのは、笑いのある暮らしということなんですよね。
それについても詳しく、また。

こちらTBSで紹介されたものです。


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by slowcomedy | 2011-05-30 18:58 | 被災地復興支援。


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