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カテゴリ:個人店と地域コミュの研究( 5 )


2012年 05月 20日

太田尻家のランチ(編集中)


経堂の飲食店のご飯の写真を撮りはじめて
ずっと思っていたのは、一皿一皿が美術のようだということ。
その代表のような店が、太田尻家。

塩パン。
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by slowcomedy | 2012-05-20 15:59 | 個人店と地域コミュの研究
2011年 11月 09日

やさしい街のやさしいラーメンの系譜?

1979年〜89年まで経堂落語会などを行った
地域コミュのハブ的ラーメン屋さんからから亭

飲んだあとに最高だったシンプルな塩ラーメン。
やさしい味の一杯を懐かしむ人は、いまでも多い。
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そんな、からから亭のラーメンを少し思い出させてくれる
城山通りの桜食堂の塩ラーメン。こちらは昼間だけなのだが。
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なぜか似てる。

偶然なんだと思うけど、
やさしい街に現れたやさしいラーメンの系譜があるような気がして。

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by slowcomedy | 2011-11-09 01:51 | 個人店と地域コミュの研究
2011年 08月 21日

いわゆる本物の地域活性化は、例えば経堂西通り長屋のお好み「ぼんち」のような街の  ハブ+劇場から。

経堂系ドットコムをやっていると、
いわゆる地域の活性化プロジェクトみたいなことで相談を受けることが多い。

話しているうちに担当の方の口から出てくることが多いのが、
過去東京の会社に膨大な金を払ってイベントが話題になったが一過性だった
というエピソード。
かなりの額のお金を払い続けて、話題を作り続けて、
結局、お金を注入し続けないと「地域の盛り上がりが維持できない」という
システムが残ったというケースが意外と多いようなのだ。

もちろん、地域の人たちが、じっくり時間をかけて、
お金よりも手間ひまをかけて、試みを繰り返して、定着させてきたケースも多い。
例えば、涼音堂さんのじわりイベントのような。

経堂の街では、実は、いろんな音楽やアートや演劇や映画や、
いろんなカルチャーが生まれてきたけど、
実は、特別な仕掛けというものではなく、
例えば、こんなタイガース好きの背中のお父さんの店から、
いろんなものが自然発生してきたケースが数えきれないほど。

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ここは、ちなみに経堂西通りのお好み焼き「ぼんち」。
いまや大阪の下町にも少なくなった家庭的なお好み焼き屋が、
インド料理の名店ガラムマサラと焼きとんきはちの三軒長屋にあったりします。
昔は東大阪の布施出身の名物おかあさんがいて、
同じ東大阪出身のわたしは、いつも「また来たんか!」と、
頭を愛情たっぷり叩(はた)かれておりました。
いまは、猫のこいさんが、お店のアイドルです。

この道何十年か尋ねたことはないですが、お父さんの職人技。
脂たっぷりのきらいなバラ肉が美術のようです。
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味も芸術。モダン焼き。
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チーズ焼きバラ肉入り。
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80歳近いいまになっても釣り道具を積んで、
東名高速を関西まで走ることもある元気なお父さん。
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具体的にどんな人が常連だったかとか、常連であるかなんて書きませんが、
とにかくこのお店で、食べ飲み語りながら人が熟成した文化のようなものは、
たぶん何億円ではきかない。
いろんな人のいきかうハブであり、いろんなリアルなドラマが起きる劇場であり、
そんなお店が普通の三軒長屋にあるというのが、
これが非常に貴重なものだというのが確信になっていたりします。

そしてこういうお店が、経堂には数十軒あるという。
そこも貴重なところ。

それでは、食べログNO.1のインドカレーのガラムマサラのCMに
「ぼんち」も登場するので是非♪



いわゆる地域の活性化的なことを考える時、
こんな「ぼんち」なことも取り入れられるとおもしろいのではと思う次第です。

ちなみに「ぼんち」は、お父さんが一人でやっているので、
空いている時に少人数でほどよく入って行儀よくするお店なので、
ゆるしくお願いいたします♪

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by slowcomedy | 2011-08-21 17:24 | 個人店と地域コミュの研究
2011年 07月 27日

おばちゃんの駄菓子屋は、広い世界の入り口だったんだな。

小学校2年の夏休み。

その前日に近所の駄菓子屋で買った
20円のあたり付きアイス(オレンジ味)が当たり、
「あたり」という焼き印の入った木製のアイスの棒を握りしめて、
朝一番で蝉の声が鳴り響く中、駄菓子屋に全速力で走っていった。
当たりの賞品は、組み立て式のオモチャのグライダーだった。

ノートや鉛筆などの文房具類も売っていたので、
通学の時間から開いていた駄菓子屋。
正式な店名はあったのだろうが、
近所の子供は「おばちゃんの店」と呼んでいた。

二階建ての長屋の右端がおばちゃんの店で、
木製のガラス戸をガラリと開けると、
いまから思うと6畳ほどの土間が店になっていて、
駄菓子に文房具、ジュースにおもちゃ、虫取り道具、あてもん、
いろんなものがところ狭しと並んでいた。
正月用の凧と夏用のビニールのプールは天井に年中ぶらさげてあった。
子供にとっては、視界に入る全てが、心踊らせるものばかりの、まさにパラダイス。
おばちゃんは、あがりかまちの向こう、
土間の奥の小さな部屋で、いつもテレビを見ながら、
座椅子のようなものに座っていた。

アイスクリームの冷蔵庫は、店の外にあり、稼働するのは夏の間だけ。
アイスは、いまのように年中食べられるものではなく、
赤とんぼが空を舞い、ところどころ冷たい秋風が感じられるようになり、
運動会の練習が始まると、気がつけばアイスの季節はおしまい。
冷蔵庫は、ブリキの分厚いふたで覆われて、鎖のついた大きな南京錠で、
ガチャリと完全に封印されてしまう。
子供ながらに「嗚呼」という、もう戻らない甘美な時間に対する憧憬を初めて感じたのは、
ひょっとしたらアイスのせいだったかも知れない。

少し脱線したが、
おばちゃんの店につくと、
奥の部屋にいつものように座っているおばちゃんに向かって、
アイスの棒を持った手を振り回して、
「おばちゃん!グライダーあたったで!あたった!あたった!あたった!」と、
バカのように叫びまくった。
知らない人が見たら、なにか悪いもんでも食べてあたったように見えたかもしれない。

が、しばらく一人で興奮して叫んでいたが、次第に、ちょっと違うという気がしてきた。

いつもだったら、ゆっくり起き上がって、「どれ見せてみ」というはずが、
おばあちゃんが起き上がってこない。
テレビは点いているが、居眠りをしているように、顔が下を向いている。
あがりかまちまで行って、
「おばちゃ〜ん!アイスのグライダーあたったで!」と、叫んだが、
おばちゃんは、ピクリともしない。

おばちゃんが動かないことと、グライダーはどうなるんやろ?という気持ちで、
少し得体のしれない不安に包まれながら、
「おばちゃ〜ん!アイスのグライダーあたったで!」と、繰り返し叫んだ。
他に何をしていいか思いつかなかったからだ。

どのくらい時間が経ったのかわからない。
長かったのか、短かったのか。

突然、奥の部屋の脇にある階段がミシリミシリと鳴った。
驚いて叫ぶのをやめた時、
ワイシャツを着たハゲ頭のおっちゃんが下りてきた。
ぼくは密かに吉本新喜劇の室谷信夫に似ていると思っていたおっちゃんで、
おっちゃんは、おばあちゃんの息子さんだった。

「アイスのグライダーあたったけど、おばちゃんが起きてきはれへんねん」と言ったが、
おっちゃんは、それをスルーして、自分の母親を観察しはじめた。

そして「えらいこっちゃ!子供はあっち行っとき!」と言われて、
店を閉め出された。

アイスの棒を握りしめて、店の前に立っていたら、救急車の音が近づいてきた。

あとから母親や近所の大人に聞いたところでは、
あの朝まさに、テレビを見ながら店番をはじめてすぐくらいに、
座ったまんまお亡くなりになったという。
年は、72歳。
息子さんは、「大学でぇで、勤め人やのに、40近ぅなっても結婚してへん」と、
近所のオバさんたちが言っていた、そんな時代。

それから暫く近所では、
「やっちゃんが、駄菓子屋のおばちゃん死んではるの見つけてんてなあ」と、言われ続けた。

なぜか得意なようでもあり、おばちゃんがいなくなったことに対する信じられない気持ちを
どう扱っていいのか、まだわからない年齢でもあり、
おばちゃんの店は、そのまま閉めてしまったので、
当たりつきのアイスの棒は、そのまま、勉強机(ウチダのミリオンデスク)の
いちばん上の引き出しの奥にしまったまんまになった。


月曜日に大阪に帰って、ふとそんな駄菓子屋のことを思い出した。

考えてみれば、昭和40年代には、家の前を改造して作った、
おばあちゃんがやってる駄菓子屋、タバコ屋、たこ焼き屋がたくさんあった。

いま思えば、年金制度が確立していなかった頃の、
ひとつの老後のあり方だったかもしれない。
戦争で夫をなくしたというケースも多かったような気がする。

家にいながら近所の子供の相手をして小銭を商って過ごす老後。

子供の側から見ても、
駄菓子屋で体験したこと学んだことは多かったと思う。
海外の消印付きの切手の「あてもん」は5円で、
当たりがでると、もう一回できたり、他のもっとええもんが当たることもある。
おばちゃんの店の切手は、なぜか外国の城や寺の図案の切手が多く、
しらずしらず外国が身近な気がしていた。
あと「あてもん」をする時、当たるかどうか周りの子供が寄ってたかってワイワイ騒ぐ。

一緒になってワイワイ騒ぐと、不思議な親近感というか連帯感が生まれ、
あてもんをやった後、なぜか年の離れた中学生の野球にゴマメとして入らせてもらったり、
違う校区の少し年上の悪そうな子と知り合って、
親や先生が「行ったらアカン」という場所に行ったり、
いろんな交流も生まれて、なんともいえないことがたくさんあり、
いまの自分は、おばちゃんの店にかなり影響を受けているという気になる。

おばちゃんの店は、広い世界の入り口だったんだな。

いろんな出会いや、ひとつの人生の終わりとも遭遇したりする、そんな駄菓子屋。

そんなことを考えながら松屋町筋の駄菓子の問屋へ。

とりあえず、さばのゆが駄菓子屋になりつつあります。

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by slowcomedy | 2011-07-27 15:21 | 個人店と地域コミュの研究
2011年 01月 15日

連載第一回「常連力の鍛え方+ユートピアとしての個人店の研究」

○ユニークな個人店の常連になることが、
 案外、この先行きの見えない世の中のゆるい突破口なのではないか?

出口の見えない不況、無責任な政治、
ネガティブな空気が渦巻く2011年のニッポンを広く覆っているのは、
残念ながら先行きの不安感である。
明るい未来が当たり前のように感じられた昭和後半の空気はどこへやら。
しかし、そんな閉塞感が充満する昨今、
一部の進化した農業などと並んで
ニッポンを救うブレイク・スルー的な可能性を秘めたものがある。

それは「個人店でのゆる飲み」である。

「個人店でのゆる飲み(=以下、“ゆる飲み”)」とは、
文字通り個人が経営しているお店で、ゆるく飲むこと。

一体そんなことで人生が変わるのか?と思われるかもしれないが、
実は “ゆる飲み”は、そのリラックス感あふれる怠惰なイメージとは裏腹に、
かなり人生に効く。

個人店、特に店主のキャラがユニークで、
いろんな人種が集まる個人店での“ゆる飲み”を続けると、
毎日、漢方薬を服用するように、少しずつ人生にオモシロイ変化が現れてくる。
まずは何といっても人との出会いによる変化だろう。

“ゆる飲める店”では、「同じ値段の酒を飲んでいる限りにおいて皆が平等」。
“ゆる飲み”の場は、
社長もフリーターも大学教授も単なる飲んだくれも上下がないユートピア。

そんな“ゆる飲み”を続けるうちに、
普通なら接点のない多様な人たちの出会いが頻繁に起こり、
じわじわ従来の人生にはなかったネットワーク感が熟成されてくる。
一緒にいて癒される人。知的刺激を与えてくれる人。自分よりもダメな人。
自分よりも立派な人。映画や釣りやグルメやゴルフのような趣味を共有できる人。
或いは医者や弁護士のように人生のピンチを救ってくれる人。
その他いろいろ、自分の知らない情報や経験を持っている人。

“ゆる飲み”を続けるうちに遭遇する人生のドラマも数多い。
男女の恋愛、商売の浮き沈み、常連客や店主の病気や死。様々な喜怒哀楽。
会社と家との往復やチェーン店での飲食からは見えて来ないリアルなドラマが、
“ゆる飲み”の現場には渦巻いている。
そんなドラマに触れることで、
あなたは普通に生きるより何十倍も濃く人生の酸いと甘いを知ることになる。

“ゆる飲み”は、
あなたのネットワーク感と人間力(ちょっと古いけど)を高める効用があるのだ。
そんな“ゆる飲み”の効用をまとめると、以下のようになる。

①リラックス効果(現代人に必要な癒しの全てが “個人店のゆる飲み”にはある)
②ネットワーク効果(ゆる飲みの席で知り合う人の輪は人生を豊かにする)
③イノベーション効果
 (ゆる飲みによる出会いや他人から受ける刺激は発想力を高めビジネスや人生の幅を
  新しいカタチで広げる)
④フィロソヒィー効果
 (個人店で起こるリアルなドラマに触れると、人生や人間に対する洞察が深くなる)

そんな効用に富んだ“ゆる飲み”をするには、いい個人店に恵まれた街が必須である。

例えば、そんな“ゆる飲み”の聖地の一つが、
東京都世田谷区、小田急線・経堂駅エリア。

この界隈に散らばるユニークな店主たちが経営する
数々の個人店網が熟成するユートピア感は、たまらないものがある。

そんな個人店での“ゆる飲み”だが、

「常連である」のと「常連でない」のとでは、
楽しさ・面白さ・味わいが、まったく違ってくる。

しかし、チェーン店のように誰にでも
0円のスマイルを贈るわけではない
多種多様な独特の癖がある個人店の「常連」になるのは、
それなりの時間もかかるし、人間力が要る。

が、個人店の常連になる力は、
これからかなり大切な力であると思われる今。

常連になる力を、流行りの感じで、「常連力」と決めてみる。

そして、そのノウハウをコラムのカタチで連載してみようと思う。

題して「常連力の鍛え方+ユートピアとしての個人店の研究」。

ゆるゆるはじめてみます。

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写真は、くじラーメン。

この一杯にどれだけのドラマが煮出されているか?
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by slowcomedy | 2011-01-15 14:33 | 個人店と地域コミュの研究